イベント名
第45回情報理論とその応用シンポジウム(SITA2022)
発表年月日
2022/11/29
タイトル
情報幾何を「裏返し」に観る ― 余接空間の重要性について ―
講演者
長岡 浩司(電気通信大学), 
抄録
情報幾何では確率分布や量子状態を点とする空間の幾何学を扱う.幾何学において最も基本的なのは二点間の関係であり,微分幾何ではそれを無限に近い二点の関係にもとづいて考察する.無限に近い二点は接空間 (tangent space) の要素である接ベクトルで表される.よって,情報幾何においても通常,接空間を基本的な舞台として幾何学的議論が展開される.
例えば,1次元パラメータθを持つ確率分布族 {p(θ)}のフィッシャー情報量を J(θ)とおくと,J(θ)×(dθ)^2 は無限に近い二点p(θ)とp(θ+dθ)の距離の二乗を表すとされ,それは点p(θ)における接空間上のある内積(フィッシャー計量と呼ばれる)から定まる二乗ノルムとして理解される.この描像は直観的に分かりやすく,応用上も重要である.例えば,KLダイバージェンスの無限小近似がフィッシャー情報量で表されるというよく知られた事実もこの描像に収まる.
ところが,フィッシャー情報量が主役を演じるクラメル・ラオ不等式では,直接現れるのは J(θ)ではなく 1/J(θ)である.その幾何学的意味はもはやそれほど分かりやすくなく,接空間の双対線形空間である余接空間 (cotangent space) を考えることで初めて明らかになる.実は,情報幾何におけるフィッシャー計量やe, m-接続などの幾何構造は,最初から余接空間を舞台にして導入した方がその統計学的・確率論的な意味が明確になる.また,量子系への拡張においては,接空間ではだめで余接空間がどうしても必要になる場合もある.余接空間はいわば接空間を「裏返し」に観るようなもので,より抽象度の高い概念であるが,情報幾何の本質を理解しようとするなら避けて通れない.
ただでさえとっつきにくい情報幾何の中でもとりわけ渋いこのような話題を本シンポジウムで話すことに若干のためらいはあるが,講演者はこういう議論が昔から好きであり,重要であると信じている.情報理論とその応用に興味を持つ多くの研究者に関心を共有してもらえるよう努力したい.

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